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ラピスラズリの海 第2回

「うみだーーーーーーーっ!」
「いやっほぉおおおお!」
海に到着するなり、絵里香と日下部が水着姿になって波打ち際に突貫し始めた。

「まったく、準備運動くらいしたらどうなんですか」
脱いだ上着(絵里香のもの)を片付けながら、鈴村が呟く。
日下部のは誰も片付けないからそのままだ。

「あざみちゃん、あっちで着替えてこよう?」
「そうですね、それでは申し訳ありませんがパラソルの設置をお願いします」
「・・・わかった」
姫宮と鈴村は更衣室へ。残った僕と島津でパラソル等のセッティングをすることに。

「涼も下に着てきた?」
「まあ、な」
絵里香に言わせると、せっかく海水浴に来たんだから、下に水着を着てくるのが当たり前らしい。
一分一秒でも長く泳がないと損、だそうだ。
男ならそれでいいと思う。でも、女子はダメなんじゃないか?
いや、具体的に何がダメってわけでもないんだけれど。

「絵里香だしな」
「・・・絵里香がどうしたの?」
「いや、なんでもない」
そんな取り止めの無いことを考えながらも、作業は進む。
と言っても、日よけになる大きめのパラソルを設置して、下にシートを敷き、荷物を上に重しとして置くだけなんだが。

「よし、こんなものか」
「あーあー、はしゃいじゃってるねぇ」
絵里香は既に自由自在縦横無尽に泳ぎまくっている。まるで水を得た魚のようだ。
人魚・・・って言うと語弊があるかもしれないな。
一方、日下部は波間に土左衛門よろしくうつ伏せに浮かんでいた。

「・・・大丈夫なのか、あれ」
「どうせ、絵里香に沈められたんでしょ。すぐに復活するよ」
トシだしねー、服を脱ぎながら島津が言う。
実際に日下部はすぐに起き上がり、絵里香を追いかけ始めた。

「楽しみだね、涼」
「ん?」
「皆の水着。楽しみじゃない? 特に瑠璃ちゃんとか、瑠璃ちゃんとか、瑠璃ちゃんとか」
「・・・別に」
そんなの水泳の授業中に散々見てるじゃないか。
・・・もしかして散々凝視してたのか、僕は。

――してたかもしれないな、特に姫宮のは。
それよりも、島津が男だとわかっていても、何となく服を脱いでいる様が女性のそれっぽく感じて、直視しづらい。

「あ、お弁当も女性陣が用意してくれたんだってさ」
「なるほど、そっちは楽しみだな」
これは素直に。
・・・絵里香がその女性人に含まれているのが少し不安材料ではある。

「お、お待たせしました」
「あざみちゃん、待ってよぉ」
すっかり準備完了したところで、水着に着替えた鈴村と姫宮が走って戻ってきた。

「す、すみません、これでも急いだんですが」
「はう・・・泳ぐ前から疲れちゃった」
更衣室からここまで走ってきたのか、二人の息があがっている。
水着姿と相まって、ちょっと変な気持ちになってしまいそうだ。

「そんなに急がなくても、海は逃げないさ」
「それでも、皆さんをお待たせしているのは事実ですからね」
「うん、早く遊びたいもん」
「じゃ、軽く準備運動でもする?」
二人の息が整ってから、少し準備運動をしようということになった。
泳いでる途中で足がつった、なんてことになったら大変だ。
手を伸ばせば助けられる距離に僕が居られるとも限らない。
――あの時の千夏のように。

「あるぇー、あっざみーんはスク水じゃないのぉ?」
「こんなところまで来て学校指定の水着なんて着ませんっ! ていうか胸を揉むなぁー!」
いつの間にか戻ってきていた絵里香が、後ろから鈴村の体を抱きしめる。
・・・絵里香、言っとくがそれは完全にセクハラだぞ?

「聞いてくれ、涼。絵里香と俺の激闘の歴史を!」
「トシは向かうところ敵なしだよね。連戦連敗って意味で」
「うるせー」
日下部も絵里香も既にずぶ濡れだった。
それでいて皆と準備運動しに戻ってくるのだから、人が良いのか悪いのかよくわからない。

「やっぱりぃ、あざみんにはスク水が似合うと思うわけですよ」
「・・・うん、そうかも」
「だから、せっかく水着を新調したんですから・・・ひぁっ」
・・・絵里香の指先が鈴村の大事なところを撫でたらしい。
頼むからそんな声を出さないでくれ。

「えー? 涼も好きだよね、スク水」
「そうなの、涼くん?」
・・・何で二人ともこっちに振るんだ。
ほら、鈴村も困ったような顔でこっちを見ているじゃないか。

「・・・海にまで来て、スクール水着にすることはないだろう。そもそもうちは指定水着なんてないじゃないか」
と言いつつ、思わずスク水姿の鈴村を想像してしまった。
――あれ、これはあり・・・なのか?
そのちっちゃな体には似合いすぎな気がして。
まるでスク水小学生を視姦したくて、監視員役を買って出た大きなお兄さんのような気分になってしまい、頭をぶんぶんと振ってその邪まな考えを振り払った。

「そのわりには随分間があったんですけどぉ、このエロ涼めー、うりうり」
「涼くん、 スク水が好きなの?」
「・・・そうでもない」
ここで、僕が『うん』と答えたら、姫宮はすぐにでも着替えてきそうで怖い。

「んでよ、実際どうなのよ? 涼的には」
「そうだね、涼の皆の水着に対する評価を聞きたいところだね」
「・・・お前ら二人の感想を聞いてからだ」
そもそも、今日は泳ぎに来たんだ。水着の品評会をしに来たわけじゃない。

「ん? 僕らは去年も見たし」
「だなー。変わり映えしないって言うか何て言うか」
そういえば去年もこの面子で海に来たとか言ってたな。
僕は今回が初めてなんだけれど。

「何をー! これでも去年よりは成長したんですからねっ!」
「わ、私だって、その大きく・・・なった・・・よ?」
「ご、五ミリです・・・」
いやいやいや、三人でこっちを見ながら胸を隠しながら顔を赤らめながら言われても。
――確かに、三人とも魅力的ではある。
絵里香はいかにもスポーツ系のスレンダーな体型が、水色と白のストライプの水着とマッチしている。そもそも横縞は横に伸びて見えるらしいのだが、そんなことは一切感じさせなかった。
鈴村はピンクのワンピース型の水着で、その幼児・・・小柄な体型を上手く隠している。
姫宮は白のビキニで、結構冒険しちゃった感が出ている。
首の後ろ側を紐でくくって・・・引っ張ったら解けてしまいそうだな。
そもそも紐を引っ張って、脱がしてそれからどうするつもりなんだ。
いったい何を考えているんだ?

「んでー、たぁっぷり視姦しちゃったりしてくれた涼ちゃんの感想は?」
「・・・可愛いよ、絵里香」
「なっ、ちょ、ば、馬鹿ーーーっ!」
バシバシと、僕の背中を叩く絵里香。首筋まで真っ赤になっている。
いつものお返しだ。
たまにはいいよな? そういつもいつも、からかわれてばかりじゃ沽券に関わるってものだ。

「言った本人も照れてるけどね」
「涼、顔赤いぞー?」
「う、うるひゃい!」
絵里香が口を引っ張るから、変な発音になってしまった・・・。

「エリちゃんだけ・・・?」
今度は別の方向から――背中から、僕に触れる手の感触。

「あ・・・ああ。似合ってる・・・と思う」
これは本音だ。建前じゃない。
もっとも、それが彼女に伝わったらどうなのか、何て考えもしてないけれど。

「はぅ・・・」
「良かったねぇ、瑠璃。三人で水着選んだ甲斐があったってもんだ」
「え、エリちゃん! そこは・・・ぅあっ」
絵里香の標的が鈴村から姫宮に変わってしまったようだ。

「いい加減にしてくださいっ! 今日は泳ぎに来たんですよ!」
「えー? ま、そりゃそうなんだけどね」
「あはは、鈴村の言う通りだよ。とりあえずひと泳ぎしてからじゃれあったらいいんじゃないかな」
せっかく海に来たんだ。楽しまなければ、損か。
走ることに抵抗はあっても、泳ぐことにはそうでもないしな。

「涼、あの島まで競争!」
「は?」
「だーかーらー、競争! いいよね?」
「何だってそんな・・・」
絵里香の指差す沖合いの島まで結構距離はある。
普通に往復するだけでも大変だ。ましてや競争だなんて。

「じゃあ絵里香に千円」
「なら僕は涼に一票かな」
「お金をかけないでください!」
「ほらー、ここでみんなの期待を裏切るわけ?」
「空気読めてないよね?」
姫宮・・・キミに言われたくない。

「あー! 今、キミには言われたくないって顔したー!」
「ハンデはなしだぞ?」
「ふっふーん、負けた方がカキ氷奢りってことでっ!」
いきなり絵里香が駆け出した。
「卑怯だぞ!」
「いいじゃん、けちけちするなー!」

この差が響いたのか、運動不足が祟ったのか、先を行く絵里香の綺麗な泳ぎに見とれていたのか、カキ氷を奢る羽目になってしまった。
「最後のの由が一番・・・かな」
さっきは否定したけれど、まるで人魚のようなって言うのは、あながち間違いじゃなかった。

「ちょっとー、涼! めっさ頭が痛いんですけどぉ。何、この、きーんっ! て、きーんっ! て来たよ?」
「エリちゃん、一気に食べるからだよ」
「そうです! 味わって食べないともったいないですよ」
「ジュン、手持ちが無いなら今度食堂で奢ってくれてもいーぜ」
「はいはい。あー、涼が勝つと思ったんだけどな。・・・ねぇ、絵里香のお尻に見とれてたんじゃないの?」
「絵里香が速かっただけだ」
・・・強く否定できないのが悲しい。
きっと本気で泳いでたら僕が勝ってたのだから。

「神谷くん、私たちの分まで奢っていただいて、ありがとうございます」
「涼くん、美味しかったよ?」
「あ、ああ。約束は約束だからな」
絵里香とだけしたつもりだったんだが。
・・・たまにはこういうのも悪くはないか。

「いよおおおおおおし! ジュン、ビーチボールある?」
「あるよー」
真っ先にカキ氷を食べ終わった絵里香が、島津からビーチボールを受け取る。

「第875回! チキチキ真夏のビーチバレー大会〜ポロリもあるよ〜 開催決定!」
「ぽ、ポロリもあるの?」
・・・姫宮、多分それはないんじゃないかな。
あったら困るだろう? 目のやり場に。

「ま、突っ込みどころ多数なのは置いておいて、組み合わせはどうするんだ?」
「そだねー。基本的に男女がペアだよね。三組作って総当りでどう?」
絵里香の意見に異存はなかった。
もっとも、誰とペアになるかでかなり有利不利が生じそうだけれど。

「姫宮、よろしく頼むよ」
「ふふー。こちらこそよろしくお願いします、なんちゃって」
ぺろっ、と舌を出した姫宮に、ちょっとどぎまぎしてしまう。
ちなみに姫宮が食べたのはストロベリー味だったが、舌が赤くなってたかどうかまでは判断がつかなかった。

「げー、何でトシとペアなのよ! やり直しを要求する!」
「そこまでかよっ!」
結局、僕・姫宮ペア、日下部・絵里香ペア、島津・鈴村ペアの三組に分かれることになった。
男性陣にそれほど運動神経に差は無いように思えるので、絵里香と組んだ日下部が有利にも見えるが、お世辞にもチームワークが良いとは言えない。付け入る隙はありそうだ。
むしろ、ああ見えて結構運動のできる島津・鈴村ペアの方が怖い。

「はいはい、エリちゃんも文句言わないで。一回戦の第一試合始めるよー」
まずは日下部・絵里香ペアと島津・鈴村ペアの対戦となった。
僕と姫宮は審判として両サイドに分かれる。

「でぇえええええい、稲妻さぁああああああぶっ!」
絵里香の火の出るような高速サーブから始まった試合は、意外なことに島津・鈴村ペアの優勢で進んでいた。

「島津くんっ!」
「おっけー!」
鈴村がボールを拾い、島津がスパイクを打つ。

「任せろっ」
「ちょ、トシ邪魔だってば!」
当初の懸念通り、チームワークの差が徐々に発揮されてきたのだ。絵里香と日下部の二人ともがボールを拾いに行って、結局お互いが邪魔になってしまう。対して島津・鈴村ペアの呼吸はぴったりだ。二人とも相手に合わせるのが上手いタイプなのだから、当然と言えば当然か。

「むー、トシ! こうなったらあれをやるわよ」
「あれ? あれって何だよ」
「むーきー! こういう時はわからなくても適当に話を合わせておくのが男ってもんでしょ!」
「・・・無茶苦茶だな、お前」
あきらめろ、日下部。絵里香はそういう奴なんだ。
まあ、僕より付き合いは長いんだからその辺はわかっているんだろうけど。

「マッチポイントでーす」
試合は十四対十二で島津・鈴村ペアのマッチポイント。
先ほどまで、例のあれとやらの打ち合わせをしていた日下部・絵里香ペアはいよいよ後が無い。

「そりゃっ!」
その時、島津のサーブのやり方がさっきまでと少し違うのに気付いたのは僕だけだったのだろうか。

「トシっ! 今よ!」
「おうっ!」
しかし、島津の放ったサーブはネットの上に引っかかり、
「うわっ、とっと」
そのままトシの目の前にポトリと落ちた。

「・・・は?」
「・・・えと、試合終了? 島津・鈴村ペアの勝ち、かな」
「ちょ、トシーーーーーーーっ!」
「い、いてぇって! 今のは不可抗力だろ?」
「必殺技くらい出させろ馬鹿ーっ!」
絵里香が地団駄を踏んで悔しがる。

「島津、さっきのは・・・」
「ん? たまたまだよ。たまたま」
この男のことだ、狙ってやったのだろう。
絵里香の必殺技とやらを出す前に粉砕するとはなかなかに悪どい。

「涼くん、足引っ張っちゃうかもしれないけど、頑張ろうね」
「ああ、気にしなくていい」
何気なく僕の手を握ってくる。
姫宮は楽しげだった。
ちょっと、頑張ってみようかな、何て気にさせる笑顔だ。

――だから、僕はその手を握り返した。

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